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雑記「徒然思草庵」

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祖母の死

祖母が亡くなりました。
朝、父親が呼びに来て、あわてて駆けつけると寝室で母が泣きながら、必死に心臓マッサージをしていました。
なんとなく、「駄目だろうな」と感じていました。
老衰でした。

ずっと鬱を患っていて、約15年間不安と不満ばかり抱えていた祖母は、すぐに「早く死ねればいいのに」と口癖のように言いふらしながらも、健康食品や医者通いばかりを求めていました。
自分ほど不幸な人間はいないと親戚や友人、医者に会うたびに洩らし、毎日のように体の不調を訴え、そのたびに精密検査を求め、まったく異常が見あたらないことに不満を洩らし、病院を変え、医者を罵り、家族には仕事を休んでの送迎を要求し、それでどこが幸福でしょうか。
曾祖母が寝たきりになったときも、その世話を母に押しつけ、自分は平気で遊び歩き、自分が弱ったときも母が面倒を見ることがあたりまえだと言い放ち、勤め人の母に毎朝自分用に料理を作らせ、口に合わなければ目の前で平気で捨てるような人でした。
親戚からお中元やなにかで食べ物をいただいても、ご馳走がない、おいしくないと平気で口にする人でした。
なにもできないのに、他人がやるのが当然だと考えている節がありました。
妊娠した妹が5月の連休に帰ってきたときも、我が家は農家ですから、祖母は当然のように「田植えを手伝いに来てくれたのか」と言いました。自分はやらないが、大きなお腹の孫は手伝うのが当たり前らしかったようです。
実際、嫁に来たばかりの頃から母は相当に苦労させられ、泣かされてきたようです。
その祖母が亡くなって、母が泣きながら心臓マッサージをしていて、その光景がひどく鮮烈でした。

余談ではありますが『万華鏡奇談』の「鬼のような祖母」というのは、僕の祖母をモデルにしてる部分があります。
我が家にはもうひとり、「鬼のような祖父」もいるのですが…
そんな祖母でありましたから、晩年は僕もあまり好ましく思っていなく、その死を目の当たりにしてもひどく冷静で、冷酷であったかもしれません。
救急の人が来て、「指とあごの先に硬直が始まってます」と言ったときにも、ミステリ脳で(死後2~3時間ぐらいか)と考えていたりしたほどです。
ただ、『天井嘗め』で見上げていた天井は子供の頃、祖母と布団のなかで見上げていたものですし、格別に可愛がってもらった記憶はあまりないものの、そういうことはよく覚えているものです。祖母は布団のなかで、子供の僕に祖父の文句を言っていたのですが。

若い頃は苦労されたのだと思いますし、僕もうがった一面しか捉えていないから、主観で死者に対する不満を吐いてる感じですけれど。
ただ、そんな祖母の血はまぎれもなく僕にも流れていて、そして娘にも流れています。
タイミングの問題で、曾孫の顔を見せることができませんでした。それだけがひどく悔やまれます。
90年近く生きた祖母と、まだ40日しか生きていない娘と、なんとなくこうやって命は続いていくのだなと思いながら、いろいろ思い出しています。
ただいまは、楽になったねばあちゃん、という気持ちです。

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